40歳からの私のチャレンジーアメリカニューメキシコ生活

アメリカ人の夫と一人娘との3人家族。東京暮らし→2022年40歳でアメリカニューメキシコへ。そんな私の日記です。

出産の後遺症とトラウマ

ここ数日、背中がしくしくと痛い。

厳密に言うと、背中の中側。

それから胃も痛い。

 

この痛みは2年半前にも経験していて、

ちょうど、

ベンチャー企業に時短で就職が決まり、

娘の認証保育園も決まり、

社会復帰しようとしていた時に

しばらくずっと痛くて、

インターネットで症状を検索したら

膵臓がん

とか出てくるからビビって、

3件ぐらいの病院にかかって、

最後は出産した大学病院でエコーと血液検査したけど、なんともないです。

と診断されて、そうしているうちに

痛みも治り、それから3年弱何もなく過ごしていたのに、今、また、痛い。

 

来月、かかりつけ医に診てもらう予定があるので、

その時に、ちょっと相談してみようと思うけど、

自己診断では、多分、膵臓ではなく腎臓かな?

娘を出産した時の後遺症ではないかな、と。

 

娘は予定日を過ぎても産まれてくる気配なく、

41週で、促進剤を打ってようやく

3850gという

なかなかの大きさで産まれてきました。

そんな大きさだったにもかかわらず、

陣痛始まってから5時間弱で産まれ、

医者も想定外の早さで、

分娩室に移された頃にはもう産まれそうで、

わずかワンプッシュで爆誕

 

娘は健康に産まれてきたものの、

私の体へのダメージが酷く、医者が

これ、どう縫おう

と他の医者に相談するくらい股が裂けたり、

夕方に出産して、その夜、

出産を上回るとてつもない背中の痛みに襲われ、

嘔吐し、叫び、ようやく医者と看護師が来た頃には

意識も遠のき…。

 

腎臓におしっこが溜まっているということで、

カテーテルで緊急処置をした後も、

ずっと痛くて眠れず、歩けず、

食べれず、おしっこもできず、

尿道カテーテルを繋がれて、

なんだったら横向きに横になることしかできず、

ましてや、

産まれたばかりの娘の世話なんか出来ず、

周りのお母さん達が、授乳が出来なくて…とか

体重増えてなくて…とかの悩みさえ羨ましく、

夜中にベッドで悔しくて、痛くて泣いたのでした。

病院で出てきたお祝い膳も一口食べただけだったな…

血液検査したら、色々な数値が異常で、

腎臓と膵臓がどうも怪しいという事になり、

大学病院内の泌尿器科と消化器内科を渡り歩き、

そうしている内に、

入院5日目には血液の数値も戻り、

結局、正確な診断名はつかないまま、

医者にも初めてのケースだと言われ、

おそらく出産の体へな負担が大きかったための

急性膵臓水腎症でしょう

という結論に至ったのでした。

 

ぼろぼろの状態で、辛うじて退院し、

でも、まだ自力でおしっこできなくて、

尿道カテーテルつけたまま自宅に帰り、

10日後にまた病院行って取れるまで、自分でカテーテルから排尿してました。

 

退院しても、まだ、背中は全然痛くて、

まともに歩くことも、股が痛くて座ることも出来ず、

1時間も起きていると目眩と吐き気、痛みでふらふらして、

痛み止めを飲みながらなんとか、娘の面倒を見ていました。

2週間弱、実家から母に手伝いに来てもらったものの、

日本語が今よりも喋れなかった夫と

英語全く話せない母の間で、

結局、通訳したり、手続きの色々したりで、

ちょくちょく起きなくてはならず、

この時ばかりは国際結婚の辛さを身に染みて感じました。

 

なんだかんだ、背中の痛みは

徐々に良くなりながら、その後、一年は続いて、治りました。

 

それが、社会復帰する直前に、

痛くなったり、今回、また、痛くなったり。

最近、かなり頻尿気味なので、

おそらく水腎症のなごりが、

疲れや何かのきっかけで時々出てくるのかなと。

 

年齢的にもですが、

こんな出産のトラウマがあるので、

我が家は第2子を諦めていて、

それはもう、しょうがないのですが、

この後遺症ばっかりは、どうにかならないかと悶々としています。

すっかり生意気・わがままな4歳になった娘。
つらかったけど、新生児期本当にかわいかった…。